東京新聞2011年5月13日夕刊。店米山武の掛時計が紹介されました。大正4年と昭和4年、二度の大火を逃れたこの掛時計、さすがに今回の津波は逃れられませんでした。第一波後、床に落ちているのを見つけた母がかろうじて二階に退避させたとのこと。せめてもの救いはガラスが割れていなかったことから、おそらく浸水でフックが外れ、そのままプカプカと浮きながら着床したものと推察しています。塩水にどっぷり浸かっていなければいいのですが。
KENJI
未整理の記事です。
東京新聞2011年5月13日夕刊。店米山武の掛時計が紹介されました。大正4年と昭和4年、二度の大火を逃れたこの掛時計、さすがに今回の津波は逃れられませんでした。第一波後、床に落ちているのを見つけた母がかろうじて二階に退避させたとのこと。せめてもの救いはガラスが割れていなかったことから、おそらく浸水でフックが外れ、そのままプカプカと浮きながら着床したものと推察しています。塩水にどっぷり浸かっていなければいいのですが。
KENJI
浸水をまぬがれた当店倉庫を拠点に、おかげさまで営業を再開いたしました。
<新住所>
〒988-0022 宮城県気仙沼市河原田2-1-16
(気仙沼市民会館下、NTT気仙沼支店様駐車場前)
電話 0226-22-0266 FAX 0226-22-0260
<取扱品目>
仕入先の精米工場も津波で損壊したため、以前の品揃えはございませんが、徐々に増やしていく予定です。現在の取扱品目は次の通りです。
※生産履歴(トレーサビリティ)対応の米穀製品の再開は今のところ未定です。
これからも一定の品質と安定供給の維持に努めてまいりますので、今後ともご愛顧くださいますよう、心よりお願い申し上げます。
有限会社武山米店
気仙沼、「目黒のさんま祭」今年もやります(読売新聞)
古典落語「目黒のさんま」にちなんだ東京都目黒区の「目黒のさんま祭」を今年も開催することで、区と宮城県気仙沼市の実行委員会が28日合意した。
東日本大震災で漁港が被災した気仙沼では今秋の水揚げが危ぶまれているが、関係者らは「目黒区の支援に祭りで感謝の気持ちを表したい」と張り切っている。(引用ここまで)
よかった。気仙沼実行委員会の英断に感謝。今秋も後方支援でがんばるぞ!
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熊本日日新聞に掲載された、川島秀一先生(リアス・アーク美術館副館長)の寄稿記事を読んで泣きそうになった。川島先生ご自身もお母様とご自宅をなくされて、目の前から故郷を失った。リアス式海岸は天然の漁場であると同時に津波も寄り上がる地形を有しているとしたうえで、次のように述べている。
「そのような幸も不幸も神からの「寄り物」とし全てを受け入れる諦念と懐の広さとが必要とでもいうのだろうか。今こそ、津波に何度も来襲された三陸沿岸に生き続けた漁師の、そのような運命観、死生観、そして自然観に学ぶときなのだろうか。そして、津波に打ち勝つためにも、それでもなお、海は豊かだということを私は言うべきなのだろうか。
ただひとつ分かったように思えたのは、三陸の漁師たちは海で生活してきたのではなく、海と生活してきたのではないかということである。海と対等に切り結ぶ関係をもっていなければ、今後もなお漁に出かけようとする心意気が生まれるはずがない。そのような積極的な生き方に、私自身もう少しだけ賭けてみたい。日はまだ暮れてはいないのだから。」
海と生活、かぁ。だよなぁ。震災後に周りからよく尋ねられるのは、インタビューに応じる気仙沼の人達の前向きさだ。家が流されて間もないおじいさんが「さあ復興だ」と語ったり、早く漁に出たいと語ったり。とにかく明るい。なぜと聞かれても分からなかったが、川島先生の記事で目から鱗が落ちる思いがした。
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被災地企業が復興ファンドを立ち上げた。
「半分寄付 半分投資 被災地応援ファンド立ち上げ」(テレビ東京)
「被災地企業応援ファンド設立」(読売新聞)
「「希望」に投資を 宮城・岩手6社、復興ファンド呼びかけ」(河北新報)
スタートラインに立つまで大変だろうけど、みんな頑張ってほしい。
店米山武も再開準備、始めています。
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Yokoが撮影した、第一波時の魚町一丁目付近。1階はどこも水没、脇をみたら前柱がないのに気づき奥に避難した。
第一波が引いた後の店舗1階。歩けそうな水位まで引いたタイミングで避難。靴も流された祖母はスリッパで避難した。
第二波〜第五波くらいまで、店から50メートル西北にある鉄筋のお宅へ。その後写真奥に見える信金本店ビル新館4階で一夜を過ごした。
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気仙沼の歌姫ふたりのインタビューが載っています。熊谷育美ちゃんは被災時の心象を、畠山美由紀さんは詩を発表しています。しかも挿絵は奥原しんこさん。編集部は同級生とは知らず奥原さんに申し込んだとか。こういう偶然もあるんですね。まえがきと畠山美由紀さんの詩に奥原しんこさんが描いた気仙沼の風景が掲載されています。
SWITCH 2011.5 VOL.29
「世界を変えた3日間、それぞれの記録」
言葉で綴る「3日間」、そして、その先
■熊谷育美|3.11気仙沼で被災したシンガーソングライターの体験談
■畠山美由紀|気仙沼出身のミュージシャンが語る我が故郷
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震災前にあった抽選に当たり、先週土曜日、畠山美由紀さんのライブへ。聞けば300席に2200席の申込みがあったという。それもそのはず、畠山美由紀が歌う昭和歌謡曲ですもん。これまで洋楽カバーが多いし、曲の再構築なら日本一、いや世界でも指折りと思っているのは僕だけでないかもしれません。
ちあきなおみ、高田みずえ、斉藤由貴、八代亜紀、中島みゆき。昭和を代表する歌謡曲を畠山美由紀テイストで。会場からすすり泣きが聞こえる。歌で当時を思い出すんだろうなあ。でも懐メロというよりは、今の時代にも耐えうる名曲ばかり。ギターの笹子さん、クラリネットの黒川さんのアレンジも今っぽくてかっこいい。幕間のMCで「洋楽ばかり歌っていますけど、実は演歌も大好きなんです」だの、「明菜先輩、歌います」だの、美由紀さん自身も楽しんでいたように思う。
最後は偶然にも震災前に決まっていたという「いい日旅立ち」。
詞があまりにもはまりすぎて、天井を仰向きながら泣いた。
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<お知らせ1>
畠山美由紀 東日本大震災復興ライヴ
<お知らせ2>
4月20日発売 『SWITCH』 2011年5月号 vol.29
「世界を変えた3日間、それぞれの記録」