八瀬のマツタケ

040930_15180001040930_19220001  うわー!待望の松茸だー。それも双子だよ。ちょっと開きすぎた感はあるけど、、、「そんなの構ってられない!」    匂いをかぎつけた悪友たちが酒と肴を担いで息を切らしてやって来た。数日遅れの十五夜と、初松茸と、程よい酒に、、、酔いしれて、、、「さあー 明日もがんばるぞー!」

HUMIHIDE&SEIKO

夏の思い出

040929_08460001 近所のワーちゃんは、夏休みに海やプールに何度も行ったので泳げるようになったと喜んでいる小学2年生。「海で拾った小石に絵付けをしたよ」と見せてくれました。とても表情豊かで楽しくなりました。箸置きに使ったら、、、ご飯がさらに進んだりしてネ、、、。

SEIKO

家伝薬その2・とちのみ

040929_06570001040929_07020001 効能・打撲など、、、。単にどっかにぶつけたりして内出血した時など随分お世話になったねェ。35度の焼酎にとちのみを砕いたのとほうずきをちぎって入れるだけ。焼酎ととちのみだけってのもあるらしいけど、家はほうずきも入れます。しかし、ほうずきを入れると毒!だからなめない!ように。と言われています。理由は不明です。「セイちゃん!送るから今度クロヂつくったらママにすり込むようにつけてもらってね。」

SEIKO

天台声明とシャンソンの夕べ

shikisi 知り合いに誘われ重い足取りで行ったが、これが意外と面白かった。「天台宗のお坊さんの講話とシャンソンなのかな〜、それにしても不思議な組み合わせ、観音寺も天台宗だし行ってみっぺが」程度の知識で行ったら、阿闍梨さまを中心に8人の坊さんが歌っているのだ。チューニングみたいだ。母音しか聞こえない。馬の耳に念仏とはこういうことかなんて思いながら声明を拝聴する。前説によれば、天台声明は平家琵琶など日本の音楽の源流だという。さらに煩悩を消し去ると聞いて、俄然聞く気が沸いてくる。
 しかし、気づいたら幕が閉まりかけていた。はいその通り、夢の世界にいたのだ。緞帳の間から見える坊さんに俺の煩悩を消してくれ!と思った瞬間ひらめいた。そう思う心が煩悩なのだと。

天台声明はここで試聴できます

KENJI

追記 坊さんがシャンソン歌ってたのではありません。第一部が声明で、第二部がシャンソンでした。

秋色・新米

040925_12550001040925_14250001実りの秋・待望の新米が届きました。去年とうってかわって大豊作ということで、ひとまず安心、、、。味も申し分ありません。稲の写真は南町2丁目の知人Aさんの店先で育てていたもので、一株に150粒ありました。春先に農家から苗を譲り受けて育てたもので、「手いらずで簡単だよ」と聞くと、、、来春は私もやろう!と思ってしまいました。  10数年前ある農家に遊びに行ったら丁度田植えで、おたまじゃくしを捕ったり泥んこ遊びをしたり、、、、帰ってからのヨウコのことばーーー「田んぼ買ってー!田んぼ買ってー!」稲を見ると思い出すひとコマ。

SEIKO

ウィリー・シングルトン

willi2willi ウィリーさんが11月にやってくる。
 彼の父上は文化人類学者で研究テーマは「太平洋諸島の教育と文化」。シングルトン家は父の在外研究とともに日本、ハワイ、トラック諸島など太平洋の島々に移住していたそうな。大学時代、社会学から陶芸に転向して日本縦断陶芸の旅を敢行したというからすごい。「益子にも唐津にも薩摩にも自転車で行った」と言う。その話を聞いてオイオイ、益子と唐津は1200キロも離れているぞと突っ込みたかったが、ペダルをこいで駆け抜けるほどの情熱が有り余っていたのだろう。丹波、信楽、益子で日本語の壁と格闘しながら修行を積み、地元に帰って開窯した。そんで登り窯を自分で作っちゃったんだもの。
 で、近くの山で採った粘土質の土を漉し、灰釉など近所の農家から譲り受けたものを燃やして作る釉薬が多い。全て手作業だ。蹴りろくろを使い、自然乾燥させ、薪の炎だけを頼りに焼成する。灰釉は1200度以上にならないと溶けない高火度釉だから、ウィリー式登り窯の内部は1300度まで上げるため、三日三晩薪を燃やし続ける。この作業を年2〜3回、20年近く繰り返している。
 ウィリーさんは「僕はお金がないから、そこにあるものを使っているだけ」と照れ笑いするけれど、自然にあるものが人間の手で器になる、その工程を一人で完成させてしまうのだから尊敬してしまう。ウィリーさんの器に食材をのせると、作業光景が目に浮かび、コンビニで買った春雨サラダでもさらにおいしく感じるのですよ、これが。
 お猪口から壺まで大小の器を即売します。是非見に来てください。日が迫ったらまた連絡します。それでは。