旅ゆけば〜

♪旅ゆけば〜駿河の里に〜茶の香り〜

それぞれの旅を少々。

アーミッシュの考え方に憧れる

R0011481

アメリカのこと書きますなんて言いながら、日曜日に帰ってきました、はい。

で、書いては消しを繰り返している、アーミッシュについて。去年も書きそびれたので、今度こそ最後まで書きます。たぶん支離滅裂な文章になると思います。

アメリカ東海岸には「アーミッシュ」と呼ばれる人たちがいます。簡単にいえばキリスト教の分派の人達で、昔ながらの生活様式で暮らしている人々です。そのへん説明すると長くなるので、詳しくはこちらで。

アーミッシュ
アーミッシュっていったいどんな人
近代文明を捨てアメリカで今でも移民当時の生活様式を貫く人々

アーミッシュが多く住むペンシルバニア州のランカスター地方。彼らはヨーロッパから移住したドイツ系アメリカ人で、質素な生活を送ることで知られています。化石燃料をばんばん使って、欲にまみれて生活している僕とは正反対。速さより遅さに価値があり、個より公を重視する。ただし文明の利器が全て禁止ではなく、合理的に技術を取り入れているようです。電気はだめでも風力発電での蓄電池はOKだとか、家に電話を引くことはだめでもコミュニティによっては携帯や公衆電話は認められるとか、質素な生活を営む上で必要な技術は取り入れるといった考え方です。

そしてそこで生まれたからといって、そのままアーミッシュになるわけではありません。16才から18才の間、2年間の猶予期間があり、自分でアーミッシュになるか選択します。中にはコミュニティーを離れ、一般社会を選んだり、規律の緩いメノナイトとして生きる人もいますが、ほとんどはアーミッシュとして生きる道を選ぶそうです。

だらだら長くなってしまいました。結局何が言いたいかといえば、便利な生活と物質的な豊かさを追うことが幸せにつながるわけではないんだなと、アーミッシュの暮らしを見て思うのです。なにもペンシルバニアくんだりまで来なくても分かることですし、しかも飛行機と車使って見に行っているわけですからまったく説得力ありません。

というあたりで、いつも止まってしまって書きそびれていました。ともかくも、アーミッシュの生活と考え方に憧れています。質素な生活の根底にある、利他の精神。

そうでありたいと思う時点で、まだまだなんだなと。

KENJI

 

大人になると許される屋根付きのバギー。時速10〜15キロで移動しています。

 

R0011481

こちらは子ども用のバギー。なだらかな丘陵地帯を足げりで移動しています。

R0011481

アーミッシュが通う小学校。独自の教育システムで、授業はペンシルバニアドイツ語と英語と算数のみ。コミュニティの未婚女性が先生。ご覧の通り教室はひとつしかなく、期間は8年間。それ以上学ぶと知識が先行して謙虚さを失い、神への感謝が失われとの理由で高校や大学はありません。

R0011481

駐禁切符をきられる

R0011700

マンハッタンで駐車違反切符。65ドル。うへーん。まあ、駐禁エリアだと分かって停めたから仕方ないか。

この切符がまたアメリカっぽい。不服申し立てを受け付けていて、出向けば切符を切った担当官と直接交渉ができるらしい。車が故障していたからとか、急病でどうしてもとか、情状酌量の余地があって免除や減額もあるんだとか。

それとクレジットカードで支払えて、ネットからもOKだ。僕は帰国したからもちろんネットで。ものの3分で手続き完了。それで届いたメールの件名は

"Thank you for your payment to the City of New York"(ニューヨーク市にお支払いいただき、ありがとうございました)

だと。説教じみてなーい!また払おうかな。なーんて。(笑)

 

KENJI

涼を求めて

20100830 031

一昨年6月の宮城岩手内陸地震で、須川への道が寸断されて今春連休前に復旧しました。でもまだまだそこかしこに爪あとが残っています。

20100830 003

圧巻はこの橋でしょうね。チョコレートを割ったみたいに折れています。地震の脅威をまざまざと見せつけられました。写真を撮った橋は仮橋で、すぐ近くに新橋建設中でした。

20100830 005

あと、どれくらいで出来上がるのでしょうか?ね。

20100830 010

須川をこよなく愛する水先案内人に連れて行ってもらったのが、、、ここ、「ぶなの恵みの水」。

こんこんと湧き出る水のひゃっこいごど、ひゃっこいごど。(笑)

天然のクーラーそのものでないの。

20100830 026

矢櫃ダムの水量は例年より少なめかも知れないという。地震後の堆積物もあり、以前のアクアブルーは見られないだと。

涼を求めて走り、、、須川への山道は涼しかったけど、、、、どこもまだまだ残暑、残暑、そうざんしょ!でした。

 

seiko

北米東海岸リポート

R0011546

といっても、もう帰国ですわ。新型プリウスを借りて、ワシントンを拠点にあちこち走り回って、ニューヨークの空港で車を返して、いまシアトルの空港にいます。滞在中25度を超えることなく快適でしたが、日本はまだ暑いんだとか。「こころして帰国してください」とアシスタントからメールが届きました。サウナ状態なんだろうな〜。

さて、またがんばりますか。

KENJI

写真はボルチモアとフィラデルフィアの間にある、サスケハナ川の河口の橋。大島にもこんな橋が架かるんだろうなあと、意味もなく4往復する。

駆け足軽井沢♪

 20100705 003

 甥のイチ君の結婚式があり、日帰りで軽井沢へ。超早起きして駆け足でやって来たら、高崎駅にはSLが停まっていて乗客でしょうか、鉄道ファンでしょうか。到着後か出発前かわかりませんが、賑やかなのが新幹線の車中にも伝わってきました。

 20100705 013

 そして軽井沢駅からタクシーに飛び乗り滑り込みセーフ!開始3分前にわさわさっと到着してどっと汗が噴き出してきました。

 ライスシャワーの時には空から嬉し涙が。

「いいんだでば。雨降って地固まるだ〜」と新郎母方の伯父さん。

 20100705 059

 20100705 060

 思い出のスライドショーでは、思わず「おぉ~!」と盛り上がったテーブルは私らのところ。分かるかなぁ。若かりし頃のみんなが。7年位前だったでしょうか。sakichi翁生前の頃、夏休みに一族郎党が久しぶりに集まった時の写真です。

 20100705 067

 宴も終わりに近づいた頃、ホヤホヤのご夫妻からビュッフェスタイルでケーキ類の取り分けがあり、「別腹だわぁ~」を連発して舌鼓を打ちました。

 笑いあり涙あり、アットホームな披露宴に、心ほのぼの帰宅の途につきました。

 イチ君ひろちゃん、結婚おめでとう!末永くお幸せにね。 

fumihide & seiko

ちょこっと岩手路・2

 20100613 015

 五葉山からの帰り道、広大な放牧場を通りかかったら、小鹿に遭遇。

 すっかり目が合って、、、お互いに緊張。

 20100613 016

 何か、いなないた。

 「おかぁ~ちゃん、助けて~!」かな?

 20100613 017

 あっという間に、逃亡。1分足らずの出会いでした。

 20100613 019

 鮎で有名な気仙川だけあって、川の駅よこたにはアユのぼりが初夏の風に泳いでいました。濃霧で少し寒そう~に感じたけど、美味しそうに見えたのは夕方の空腹だったからかもしれません。(笑)

seiko&yoko

ちょこっと岩手路・1

 20100613 002

「徳仙丈さも行げねがったがら、匹敵するどごさ行ぐべ」との誘いに、昼過ぎ急遽北上しました。

大船渡市にある鷹生ダム(五葉湖)は、濃霧で遠くの山が霞んできました。

 20100613 006

 平成10年に着工して8年かけてつくられたそれは、近くに日帰り温泉があり、日曜だけに混んでいました。時間が無いので次回のお楽しみ~。(笑)

 20100613 010

 赤坂峠、五葉山の登山口はご覧の通りの五里霧中。霧が流れるのが肉眼ではっきり確認できました。

 20100613 013

 れんげつつじの赤色は、目に鮮やか今が盛。お天気が良かったら、、、向かい側の山も真っ赤なんだそうです。

 残念!又来年に期待しましょうかねぇ。

seiko

東京駅丸の内南口で

100331_1435~01.jpg

こがねふかひれ号のポスター発見。次の帰省はこれで帰ってみっかな。

KENJI

赤岩城へ登る

 R0010574

 日曜昼、松川にある赤岩城へ。この赤岩城は中世の山城で、奥州藤原氏征伐の戦功として1189年に源頼朝から熊谷直宗が賜ったものといわれている。以降、葛西氏時代も使われ、秀吉の奥州仕置きまでの400年間使われていたという。場所は気仙沼バイパス松川トンネル入口一帯。コンクリート製ののり面がある小山がそれ。何ヶ月か前の三陸新報で、公園化の会結成みたいな記事があったので登ってみた。そしたら今日の三陸新報に載って、しかも28日に神事をしたとか。僕が登った時はだれもいなかったので、神事直後だったのかもしれない。そういえば近くにマイクロバスが止まっていて、おふるめの割にはみな軽装だと思っていた。そうか、この慶事だったのね。いま合点した。

 ということは僕が参拝第一号かも。わーい。

R0010535

 上から見るとこんな感じ。写真右下が松川トンネル、左下の青い屋根がパチンコ店。

R0010526

 秋葉神社の脇を抜けて登り口から約7分弱で西郭に到着。栗林になっていた。

R0010531  

 さらに東へ登るとお宮が建っていた。ここが上空写真にある現在地。標高87m。かなり新しい縄からみて、やはり神事直後と思われる。

R0010532

 
頂上は木にさえぎられ何も見えない。この城はどこまで見えたのだろう。頂上から見えぬなら麓から探せばよい。ということで新城沖をうろついて、四反田あたりまで赤岩城が見えたのを確認した。ということは当時、この辺は湿地帯と干潟の汽水域だったのではないかと想像した。なぜなら、海路と陸路の要衝が赤岩城だとすれば、いまの地形では意味をなさないからだ。気仙沼駅あたりまで続く細長い海岸だったこと、赤岩城を中心に細浦館、長崎館だったか、化粧坂上あたりにも居館があったことから、四反田あたりまで海でだったと考えている。

 でも逆に考えれば、いまある市街地のほとんどは埋め立て地、ということになる。800年以上かけて埋め立てて、市街地の歴史は埋め立てとともにあると思った。土木機械のない時代、どうやって埋め立てたのだろう。って馬と牛と人によるものだろうけれど、とても気になる。それと食えなきゃ移動する行動原理は人も動物も同じわけで、埋め立ててまで暮らしたい食い扶持とは何だったのか、とても気になる。もう少し調べてみよっと。

KENJI

気仙沼 赤岩城(熊谷城)
気仙沼市松川
※私有地ですのでくれぐれも周辺に配慮した行動を。

 

 

春なのにぃ~♪

 20100329 044

 「寒くて咲けないよ 」と言っている?ような千鳥が渕の桜群。

 今月末、大阪へ引っ越すdeg一家の手伝いを口実に上京して、帰路の道すがら桜見物をしました。

 曇りで肌寒く、マフラーが手放せません。それでも多くの方で賑わっていて、観光バスも随分並んでいましたね。わたしも今季初、さくらを愛でてきました。

 20100329 048

 向かいの靖国神社では「千代田さくら祭り」が開催中です。 

 奥の殿に進むに従って、いやに賑やかな軍団が見えてきました。

 20100329 055

 看板衣装には「能登」、幟には キリコまつりとあります。太鼓の音と威勢のよい掛け声から、、、元気がみなぎって来るような、そんな気になりました。

 疲れを吹き飛ばして、さぁ!頑張って帰るぞ!ってね。

 ところで足踏みしてるのは、後どのくらいでしょうか。

 桜さん、早いとこ気仙沼にも来てくださ~~い。

seiko